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歴史航路が結ぶ縄文時代の姿。
縄文遺跡鷲ノ木5遺跡

鷲ノ木5遺跡から出土した道内最大の環状列石(ストーンサークル)
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡(鳥瞰) ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 環状列石全景 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 竪穴墓域と環状列石
鷲ノ木5遺跡鳥瞰 環状列石全景 竪穴墓域と環状列石
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 環状列石全景 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石層序 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石セクション北3
環状列石全景 列石層序 列石セクション北3
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石作業風景 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石中央作業風景 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石セクション東2埋設土器
列石作業風景 列石中央帯作業風景 列石セクション東2埋設土器
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 環状列石 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石中央帯 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 埋設土器出土状況
環状列石 列石中央帯 埋設土器出土状況
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石セクション ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石遺物出土状況 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 竪穴墓確認
列石セクション 列石遺物出土状況 竪穴墓確認
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石配列 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石配列 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 列石セクション
列石配列 列石配列 列石セクション
ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 竪穴墓域 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 竪穴墓域 ストーンサークル 鷲ノ木5遺跡 竪穴墓
竪穴墓域 竪穴墓域 竪穴墓


はじめに
 森町では高速道路の建設に先立ち埋蔵文化財の大規模な発掘調査が3年前から行われています。鷲ノ木5遺跡は、森町市街地から西方に約4kmの地点にあり、現在の海岸線から約1km山側に位置しています。一昨年「石垣状配石遺構」や「いかめしに似た土製品」が出上して新聞やテレビで話題になった「鷲ノ木4遺跡」から沢をはさんで、100mほど離れた標高67〜73mの台地上の遺跡です。昨年の調査では、道内で最大規模の環状列石(ストーンサークル)と、堅穴を掘って区画した墓地が発見されました。これらはこれまでの調査の結果、今から約4,000年前の縄文時代後期前葉の時期につくられたと考えられます。「鷲ノ木は縄文時代後期の大規模な祭祀センターだった」と言われ、全国的に見てもとても貴重な遺跡として注目されています。

環状列石
 森町一帯は現在の地表面下に、約1〜2mの厚さで駒ケ岳d火山灰(1,640年に噴火した時の火山灰)が堆積しています。環状列石はこの火山灰のすぐ下で、石の上のほうが埋まりきらずに見えていたために発見されました。厚い火山灰でパックされていたために、とても良好な保存状態を保っていました。
 環状列石はストーンサークルとも呼ばれ、石を並べたお墓がいくつも集まって円形に配列されたものと、お墓が無く石だけが1〜3重の円形に並べられたものなどが知られています。鷲ノ木5遺跡の環状列石は、外帯・内帯・中央帯の3重に石が丸く並べられ、これまでの調査では石の下にお墓はつくられていないようです。外側の形はやや楕円形で、長軸約37m、短軸約34mの大きさがあります。外帯と内帯はおよそ0.5mの幅で巡らされ、内帯は長軸が約35.5m、短軸が約33mありました。中央帯は環状列石の中心部にあり、長軸4m、短軸2.5mの精円形をしています。環状列石には平たい形と棒のように細長い形の石が見られます。大きさは20〜60cmほどで、桂川の川原石を運んで来たものと考えられます。石の数は約530個あり、穴を掘って埋め込まれているものやそのまま置かれたものとが見られます。環状列石をつくる前には、あたりの地面を削って平らにする大掛かりな土木工事をしていたことが地層の観察からわかりました。出入り口と考えられる部分も見つかっています。環状列石のすぐそばには、埋設土器とよばれるものが1か所見つかりました。これは乳幼児を土器に入れて埋葬したり、遺体が骨になった段階で土器に入れて再埋葬するものと考えられています。このほか、儀式の跡と考えられる砂利のかたまりが5か所見つかりました。環状列石のまわりには、竪穴住居跡など集落の跡が見つかっていません。つまり環状列石はふだんの生活の場所とは離れた丘の上につくられていたと考えられます。そして、葬送や祭祀を行う神聖な場所を区画するために、たくさんの石が並べられたのだと考えられます。また、縄文人は環状列石から見た駒ケ岳のどの方向から日が昇るかを観察し、カレンダーとしていたと考える考古学者もいます。

竪穴墓域
 環状列石の南側5mのほどの場所に、大小10個の土壙(穴)を内部に持つ竪穴墓域が発見されました。竪穴の大きさは10.5×11.5mのほぼ円形で、皿状に掘られています。竪穴内の土壙は、地層の埋まりぐあいや副葬品(お供えもの)と考えられる遺物の出土状態からほとんどが土壙墓(地面に穴を掘ったお墓)と考えられました。竪穴は堅穴住居跡に似ていますが、柱の穴や炉の跡などが見あたらないことから、最初からお墓をつくるために掘られたものと考えられます。また環状列石と竪穴墓域は出土した土器の特徴から、同じ時期につくられたと考えられました。これとよく似たお墓で環状土籬、周堤墓などと呼ばれる遺構が知られています。これらは大きな竪穴を掘り、その堀上げた土で周囲に環状の土塁を巡らせ、内部やまわりに土壙墓をつくる共同墓地と考えられています。これまで北海道だけで発見され、分布域は道央や道東に限られ、とくに石狩低地帯付近に集中して発見されていました。また、お墓がつくられた時期は、縄文時代後期後葉から晩期初頭頃(約3,000年前)と考えられています。鷲ノ木5遺跡の竪穴墓域は、これまで発見されているどの環状土籬よりも古いものなので、環状土籬がどうやってつくられるようになったのかを考えるうえで、とても重要な遺構と言われています。
                                   (写真・文提供 森町教育委員会)
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